7月17日(木)13時30分
弓箭閣集合。16時の出発を控え、全員で最終確認を行います。外は大雨。雨に立ち向かえる装備は雨合羽とビニール傘。暑さ対策ばかり気にしていましたが、これほど降るとは予想外でした。ちなみに50年前の武者行列は、雨が降ったら中止だったそうです。かつて武者役だった石下さんに「行列に参加していた時に、雨で中止になったことはありますか?」ときいたところ、「雨だと中止になるという話は聞いていたけど、俺が出てた時は雨が降ったことないから分からない」とドヤ顔をしてらっしゃいました。さらに「50年前の着付けも、こんな感じでドタバタだったんですか?」と聞いたところ、「50年前は鎧が飾ってある家にいって、そのまま着替えていた。弓箭閣で着替えるのは、傘持ちとかのバイト組だよ」と言っていました。そういえば前に石下さんが「バイト代は銭湯の風呂券だった」みたいなことを言っていましたね。

最終打合せの様子。隙あらば雨雲レーダーを確認する一行。

降りすぎじゃない?

石下さん

村田さんの着付け

蓮見さんの着付け

薮内さんの着付け
大将印を修理してくださった明珍さんからは事前に「せっかく51年ぶりの行列復活お披露目なので出来るだけ、ビニールやポンチョなどの仕様は控えてください。たとえ雨に濡れたとしても、その時はその時、私に任せて、何とかなります」という力強いご連絡をいただいておりました。その言葉と雨雲レーダーの「16時頃に雲が切れる」という予報を信じ、「もう後はなるようになる!」と着替えが始まりました。
藤田さん(藤印)は自宅でお着換え⇒弓箭閣に出勤。
村田さん(音羽印)、薮内さん(十印)、蓮實さん(榮印)の着替えが終わるころには15時を回っていました。時間が…時間がない!そして雨で外にも出られないので、弓箭閣の1階が武者と人で溢れかえって身動きが取れない!
そんななか迎えた大将の着付け。取材のカメラも入っており、人口密度が大変なことに。
着付け班は「とにかく行列中に着崩れないように」と紐を締めていきます。

写真では伝わらないけれど、本当に身動きがとれないほどの混雑でした。



行列経験者 岡本さん
徒歩出勤 藤田さん
太刀はいつも谷垣さん任せ
16時00分
時間も押す中、出立式では高橋会長のあいさつと、行列参加者の氏名読み上げが行われます。この時になるともう小雨程度の降りに。しかし一応雨具はすべてリアカーに積んだ状態で出発しました。大荷物です。

[「巻きで!」と言われてダッシュで撮影した集合写真

出立式(司会進行は急きょ任命された浅子さん)

屋根の上でカラスが見守って(?)いました
弓箭閣を出てからのルートは図の通り。拍子木を打ちながら、町内に出立を知らせます。拍子木役は村田(尚)さん。さっきの会議で決まったばかり。長老たちも「出立時に拍子木が鳴っていた記憶はあるんだけど、打ち方までは覚えてない」とのことだったので、村田さんに託されました。
で、ここから大変な私事なんですが、この弓箭閣を出てすぐのところ、坂道になっている場所で盛大に転びまして。カメラを守った結果、顔面からいきました(笑)
唇は切れるし、眼鏡はひしゃげるし(でもレンズが無事で良かった)、集まったみんなに見られるし、もう恥ずかしいやら申し訳ないやら。「私が厄を全部引き受けておいたので!」と開き直っておりました。(家に帰ってよく確認したら、左膝・両ひじが大変なことになっていました。)

弓箭閣を出て、西福寺前でUターン。そのあとは藤田家から高橋家へ。

大 混 雑 !(警備の方本当にありがとう)

こんなにたくさんの方が集まってくれるとは

村田さんの拍子木、良い音がします。
さて、松原通を西へ進み高橋家へ。大変な賑わいで、警備の方々には本当にお世話になりました。ここで兜から烏帽子に付け替えます。かつては武者行列も烏帽子だった時期と兜だった時期の両方があったようです。復活にあたって、町内を練り歩く際は兜を、巡行では烏帽子を着用することが事前に決められました。暑さ対策優先です。そういえば「高橋さんってどなた?」とたくさん聞かれましたが、六原清々講社の社長です。今年の武具飾りでは高橋家に鎧が3領並びました。

高橋家で休憩&兜の取り換え

大将のみ金冠です
応援に駆けつけてくれた皆さまとは高橋家でお別れです。いざ、八坂神社へ!
→次:第2話 八坂神社に行こう!